Oct 20, 2009
屋根付きノリトベエソ宴会を楽しもう
いつも変わった宴会をしようとする場合には、屋形船の利用をお勧めします。屋形船、小さな船に乗って宴会を楽しむことができます。主に東京湾の方では、屋根のあるノリトベウル営業している店が多いです。屋形船の予約制となりますので、宴会を考えるとき、事前お店に電話して予約をするようにしましょう。海鮮の種類のたっぷり入った鍋料理を食べながらの屋根付きノリトベイ非常に良かったです。屋根付きノリトベウイ宴会はスタートだったのですが、屋根のあるノリトベヌン風情に乗って、宴会はとても雰囲気が良くなると思います。夜景を眺めながらの宴会にいつもより人もテンションが高く、フル良かったと思っています。花火を見ながらだとより最高に盛り上がりがあったと思います。
【美の扉】
水面に浮かぶ赤いバラの、一瞬の美しさが“凍結”されている。透明アクリルに造花を封じ込めた椅子「ミス・ブランチ」(1988年)は、日本の経済成長期に鮮烈な足跡を残したデザイナー、倉俣史朗の代表作。米劇作家、テネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』の主人公にちなむ名は、現実から浮遊した、白昼夢のようなこの椅子の存在感と重なるようだ。
座り心地、つまり椅子の機能は問題ではなく、倉俣自身、この椅子について「たまたま腰掛けられるくらいでいいんじゃないか」と述べている。それよりも「デザインには根源的な喜びが必要」とした倉俣は、「無重力」のデザインを追求していった。あらゆる力に縛られない、自由の象徴でもあった。
網状のエキスパンドメタルを使った「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」(86年)という椅子がある。繊細なメッシュ状の鋼(はがね)は重量を感じさせず、光を受けてさざ波のように輝く。静かな余韻がいつまでも残る。
91年に56歳の若さで急逝した倉俣の晩年期、80年代の仕事がいま、東京で開催中の「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」で紹介されている。無数のひび割れを美に転換した「割れガラスのテーブル」をはじめ、素材の使い方や形態の追求、ハッピーな色使いに驚く。
端正で知的だった倉俣デザインが80年代に一転、自由で詩的になった背景には、イタリアの巨匠デザイナー、エットレ・ソットサス(1917〜2007年)との交流があった。ソットサスの誘いで世界的デザインプロジェクト「メンフィス」に参加した倉俣は、「機能性を超えた感動」というポストモダンのデザイン精神に共鳴する。機能主義を標榜(ひょうぼう)したモダニズムからの解放であるとともに、戦後の経済復興の中で、ものを消費させる装置と見なされがちだったデザインに、精神性や創造性を取り戻そうとした。
しかし正直、鮮やかな色や装飾性が目立つ80年代デザインを見ると、バブル期の残像がフラッシュバックする。浮かれた時代のあだ花のように感じていたデザインが、全く逆の意図で作られていたとは…。
ソットサスには第二次大戦中、招集され捕虜となった過去があり、倉俣は疎開を経験している。「生きる喜び」の表現の裏には、切実な思いがあったのではないだろうか。
倉俣と同じくメンフィスに加入した建築家、磯崎新(あらた)(79)は68年をピークにした“政治の季節”を経てオイルショック(73年)以降の混沌(こんとん)を、「2008年のリーマン・ショック以降の落ち込みに似ている」と指摘する。「欧米で今、ポストモダンのデザインを見直す動きがある」とも。人の心を動かすデザインとは何か。倉俣の仕事からいま、若い世代が学ぶことは多い。(黒沢綾子)
■色あせぬポストモダンの象徴
1980年末、エットレ・ソットサスを中心に展開されたデザインプロジェクト「メンフィス」。イタリアでなぜメンフィス((1)エジプト古王国の首都(2)米国南部の商工業都市)かと思いきや、ソットサスと仲間が酒を飲みつつ聴いた米国のシンガーソングライター、ボブ・ディランの曲「メンフィス・ブルース・アゲイン」にちなむらしい。
翌81年に第1回展覧会を開き、デザイン界に衝撃を与えた。メンバーの顔ぶれは国際的で、磯崎新、倉俣史朗のほか、イタリアでソットサスの片腕として活躍した梅田正徳(まさのり)ら日本人もいた。
目的は「デザインの実験」。顧客企業の要請や制約ありきではなく、プロトタイプ(試作品)を提示し、それらを量産したいと企業が動くのを待つ。結果、天真爛漫(らんまん)な子供のような、自由な発想による家具や照明器具が生まれた。
消費社会に従属しないデザイン。そして知性偏重のモダンデザインから脱却し、情緒や感動を取り戻したいという狙いがあったからだ。
80年代後半になると、ソットサスは建築に軸足を移すようになり運動は消滅。しかし、メンフィスはポストモダンデザインの象徴として語り継がれ、その実験精神はいまなお色あせない。
【プロフィル】倉俣史朗
くらまた・しろう 1934(昭和9)年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所で学んだ後、婦人服専門店の三愛、松屋のインテリアデザイン室を経て、65年に独立。家具や商業空間を数多く手掛け、国内外で高い評価を得た。91(平成3)年、急性心不全のため死去。
【ガイド】「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」は5月8日まで、東京・赤坂の東京ミッドタウン内、21_21デザインサイト。火曜休。一般1000円、大学生800円、中学・高校生500円。問い合わせは(電)03・3475・2121。
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